認知症の利用者のバイタル測定拒否にどう対応する?非接触測定による解決策
「血圧計を巻こうとすると腕を引っ込めてしまう」「体温計を脇に挟んでもすぐに落としてしまう」「パルスオキシメーターを指につけると振り払ってしまう」——。
認知症の利用者さまのバイタルサイン測定は、介護現場で最も難しい業務のひとつです。測定を拒否されたとき、スタッフは「なだめる」「時間を置く」「担当を替える」といった工夫で対応しますが、それでも測定できないケースは少なくありません。
本記事では、なぜ認知症の方がバイタル測定を拒否するのか、その背景にある心理的・身体的な理由を整理したうえで、非接触バイタル測定による根本的な解決策をご紹介します。
※ 本記事の統計データは厚生労働省の公表資料に基づいています。
介護施設の入居者の大半は認知症を抱えている
まず押さえておきたいのは、介護施設における認知症の方の割合です。
| 施設種別 | 認知症の方の割合 |
|---|---|
| 特別養護老人ホーム(特養) | 約80〜95% |
| グループホーム | 100% |
| 介護老人保健施設(老健) | 約70〜80% |
| 有料老人ホーム | 約70〜80% |
出典:厚生労働省「介護サービス施設・事業所調査」等をもとに作成
特養では入居者の約9割以上、グループホームでは全員が認知症です。つまり、介護施設でバイタルサイン測定を行うということは、認知症の方への測定が「例外」ではなく「標準」であるということです。
にもかかわらず、現在主流の測定方法(血圧計のカフ巻き付け、腋窩での検温、指先へのパルスオキシメーター装着)は、認知症のない方を前提に設計されています。ここに構造的なミスマッチがあります。
なぜ測定を拒否するのか ── 4つの理由
認知症の方が測定を拒否するのは、「わがまま」ではありません。ご本人なりの理由があります。
1 恐怖と不安 ── 何をされるかわからない
認知症により記憶や理解力が低下しているため、「今からバイタル測定をします」と説明されても、その意味を理解できないことがあります。突然、見慣れない機械を体に付けられる恐怖は、私たちが想像する以上に大きいものです。
2 身体的な不快感 ── カフの締め付けが痛い
血圧計のカフ(腕帯)が加圧される際の強い締め付けは、認知症の方にとって「突然腕を締め上げられた」という体験になります。パニック反応としてカフを引きちぎろうとしたり、スタッフの手を叩いたりするケースも報告されています。
3 自尊心への配慮不足 ── 「自分は病気ではない」
「自分は元気だ」「病人扱いされたくない」というプライドがある方に対して、作業的に「測定します」と近づくと、反発を招くことがあります。
4 じっとしていられない ── 身体不動の困難
認知症の種類や進行度によっては、座ったまま・寝たままの状態を保つこと自体が難しい方がいます。測定中に歩き出してしまい、測定エラーが頻発するケースも少なくありません。
現場の対応と、その限界
多くの介護スタッフは、日々の経験から測定拒否への対応スキルを磨いています。
よく使われる対応テクニック
| 対応方法 | 具体例 |
|---|---|
| 担当スタッフの交代 | 顔なじみの職員、本人が心を開いているスタッフに替わって測定する |
| 言い換えの工夫 | 「血圧測定」とは言わず、「お体の調子を見せてくださいね」と伝える |
| タッチングと世間話 | 測定器具を出す前に手に触れ、世間話をしながら安心感を与える |
| 時間の変更 | 拒否が強いときは時間を置き、本人が落ち着いてから再度試みる |
| 測定を断念し観察に切替 | 表情・食欲・活動量などの行動観察で体調変化を推測する |
これらの工夫は一定の効果がありますが、根本的な限界も存在します。
従来アプローチの限界
- データの欠落:測定を断念すると、客観的な数値データが取れないまま「異常なし」と判断されてしまう。体調変化の発見が遅れるリスクがある
- 時間の消費:認知症のない方なら1〜2分で終わる測定に、説得や待機を含めて10分以上かかることがある。40人の入居者全員のバイタルサインチェックが、朝の大半を占める事態に
- スタッフの精神的負担:「拒否されるたびに自分の関わり方が悪いと責められる気がする」「暴力を振るわれる恐怖の中で測定するのが辛い」という声は現場で非常に多い
測定できないことのリスク
「測定を拒否されたから仕方ない」——。現場ではそう判断せざるを得ない場面があります。しかし、認知症の方のバイタルサインを測定できないことには、深刻なリスクが伴います。
認知症の方のバイタルサインは「見つけにくい」
認知症の方には、バイタルサインの変化が通常とは異なる形で現れる特徴があります。
| 特徴 | 具体的なリスク |
|---|---|
| 症状を言葉で伝えられない | 誤嚥性肺炎や尿路感染症にかかっていても「苦しい」「痛い」と訴えられず、「不機嫌」「暴れる」「ぼんやりしている(せん妄)」としてBPSD(行動・心理症状)に現れることがある |
| 高熱が出にくい | 重篤な感染症でも発熱しにくいケースがあり、体温だけでは異常を検知できない |
| 自律神経障害の併発 | レビー小体型認知症(DLB)やアルツハイマー型では、起立性低血圧(めまい・失神・転倒の原因)や心拍変動の低下が頻繁に見られる |
| 静かな低酸素症 | 息苦しさを自覚・訴えられないまま酸素飽和度が低下し、発見が遅れると急激な呼吸不全に至るリスクがある |
測定データの欠落は法的リスクにもつながる
判例では、測定拒否を理由にバイタルサインチェックや見守りを怠り、急変や転倒で利用者が死亡・重傷に至った場合、「施設側の安全配慮義務違反」「観察体制の不備」として損害賠償が命じられるケースが複数報告されています。「拒否されたから測定しなかった」は、法的には免責事由になりにくいのが現実です。
つまり、認知症の方こそバイタルサインの継続的なモニタリングが必要でありながら、従来の接触型測定ではそれが最も困難な対象でもあるのです。
非接触バイタル測定という解決策
この構造的な課題を解決する手段として注目されているのが、非接触バイタルサイン測定です。
主な非接触テクノロジー
| 方式 | 仕組み | 測定できる項目 |
|---|---|---|
| rPPG(カメラ式) | スマホやタブレットのカメラで顔を数秒撮影。皮膚表面の微妙な色の変化(血流)をAIが解析 | 心拍数、血圧、呼吸数、SpO2、ストレス度 |
| ベッドセンサー | マットレスの下に設置し、電波や振動で呼吸・心拍数・体動を連続モニタリング | 呼吸数、心拍数、睡眠状態、離床検知 |
| サーモグラフィ | 赤外線カメラで体表面温度の変化を遠隔検知 | 体表面温度(発熱スクリーニング) |
なぜ非接触なら認知症の方にも測定できるのか
非接触バイタル測定が認知症ケアに適している理由は明確です。拒否の原因そのものが存在しないからです。
| 拒否の原因 | 非接触測定ではどうなるか |
|---|---|
| 見慣れない機械への恐怖 | スマホのカメラを向けるだけ。「写真を撮りますね」と声をかければ自然に受け入れられる |
| カフの締め付けによる痛み | 体に一切触れないため、不快感・痛みがゼロ |
| 「病人扱い」への反発 | 利用者さま自身が「測定されている」と意識しないため、抵抗感が生まれない |
| じっとしていられない | rPPGなら数秒の撮影で完了。ベッドセンサーなら寝ているだけで自動計測 |
POINT スタッフの精神的負担も解消される
非接触化によって、「拒否されるかもしれない」というスタッフ側の精神的ストレスも解消されます。現場からは「暴力を振るわれる恐怖から解放された」「利用者さまとの関係が穏やかになった」という声が報告されており、介護職のメンタルヘルス保護・離職防止にも効果があります。
非接触測定がもたらす3つの変化
1 測定率の向上 ── データの欠落をゼロに
拒否が発生しないため、全入居者のバイタルサインを漏れなく毎日取得できるようになります。「測定できなかった」という記録上の空白がなくなり、体調変化の早期発見につながります。
2 測定時間の大幅短縮 ── 説得の時間がゼロに
1人あたり数分〜十数分かかっていた「説得→なだめ→再挑戦」のサイクルがなくなり、カメラを向けるだけで数秒で完了。介護記録ソフトへの自動転記まで含めると、バイタルサインチェック全体の時間を最大50〜75%短縮できます。
3 認知症ケアの質の向上 ── 「寄り添うケア」に集中
測定や記録に追われる時間が減った分、入居者さまとのコミュニケーションや、認知症ケアに本来必要な「その方のペースに合わせた関わり」に時間を使えるようになります。
LINK rPPG技術の仕組みについて
rPPG(リモート・フォトプレチスモグラフィ)の原理や精度については「rPPGとは?非接触バイタル測定の原理と介護活用を解説」で詳しく解説しています。
まとめ
本記事のポイントを整理します。
POINT 記事のまとめ
- 介護施設の入居者の8〜9割以上が認知症。バイタルサイン測定における拒否対応は「例外」ではなく「日常」
- 拒否の背景には恐怖・痛み・自尊心・身体不動という本人なりの理由がある
- 測定データの欠落は、体調急変の見逃しや法的リスクにつながりうる
- 非接触バイタル測定は、拒否の原因そのものを取り除く根本的な解決策
認知症の方のバイタルサイン測定は、「がんばって測定する」から「がんばらなくても測定できる仕組みを作る」へ。非接触テクノロジーは、利用者さまの尊厳を守りながら、スタッフの負担も軽減する、両者にとっての解決策です。
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